ようこそミュージアムへ-about-

アニメを楽しみ、夢を与え、未来につながる杉並アニメーションミュージアム

杉並アニメーションミュージアムは、世代を超えて、日本のアニメーション全体を体系づけて学び、体験し、理解しながら楽しんでいただく、日本ではじめての施設です。 「日本のアニメの歴史」から「これからのアニメ」までアニメ全般を総合的に紹介しています。
また、アニメの原理が体験できるギミックやアフレコ体験などアニメ制作の過程を直接体験していただく参加型展示や常に新しいアニメ情報を盛り込んだ「企画展」などさまざまな形でアニメを楽しんでいただける仕掛けにあふれています。

ようこそミュージアムへ-about-

館長写真

館長就任にあたって

杉並アニメーションミュージアム館長 鈴木伸一

今やアニメは日本発の映像文化として世界で高く評価されるようになりました。この高い評価の陰には貧しさに歯を食いしばりながら作品群を作り上げ、歴史を作り上げた関係者の努力を忘れてはなりません。アニメーションの世界で長い間生きてきたのでアニメ界への恩返しの意味も含めて館長をお引き受けしています。

とにかくアニメ大好き人間ですから、いつもの調子で「思い切ってやればいずれ何とかなる」と楽しんでやる事にしています。作品の上映、資料の展示、特集するアニメ作家の選出、アニメ作家のトークショウ、ワークショップの開催、作品を作りたい人への場所やソフト・機材での協力、アニメ作品の研究会、ライブラリー作品の収集、杉並アニメ・ミュージアムと他の映像関係施設と連帯しての計画、ミュージアム存在と活動を知っていただくためにホームぺージやミュージアム・タイムスのようなものの発行、などやりたいことはつきませんが、区の担当者、日本動画協会各社、そして日本アニメーション協会など私の周りの映像関係、アニメ作家たちにご協力をお願いしながら杉並アニメーションミュージアムを成功させるべく頑張りたいと思います。
来館者の皆さまにアニメーション世界の楽しさ、豊かさ、奥深さを感じとっていただければ幸いです。

鈴木 伸一(すずき しんいち)
1933年(昭和8年)長崎県生まれ。漫画家・アニメーション作家。 中学時代に漫画の投稿とディズニー・アニメに熱中。上京後、トキワ荘で若い漫画家たちと共同生活をおくるが、1956年に“フクちゃん”の漫画で有名な横山隆一主宰の“おとぎプロダクション”に入りアニメーターの道へ。おとぎプロでは「ふくすけ」「ひょうたんすずめ」「プラス5万年」「おとぎの世界旅行」などの作画、演出に参加。
おとぎプロを辞した後、1963年にトキワ荘の仲間、藤子・F・不二雄、石ノ森章太郎、藤子不二雄(A)、赤塚不二夫、つのだじろう他とアニメ企画・制作会社“スタジオゼロ”を設立。その後スタジオゼロは解散するも、 “ゼロ”の会社を引き継ぐ。
「おそ松くん」「パーマン」「怪物くん」「佐武と市捕物控」「星の子チョビン」などのアニメシリーズの他に、数々のコマーシャルフィルム、「ひょうたん」など自主作品の制作、学習雑誌の漫画など幅広い分野で活躍。他に「火の鳥」(1978年動画監督)、「パーマン バードマンがやって来た!!」(1983年監督)、「森の伝説 PART1」(1987年原画)にも参加。
ユネスコ・アジア文化センター(ACCU)では、マレーシアの漫画家ラット氏と識字アニメ「ミナの笑顔」、環境問題アニメ「ミナの村と川」「ミナの村と森」「ミナの村のゴミ問題」を共同監督。「ミナの笑顔」はこれまで30カ国、39の言語に翻訳され、世界中の国で上映・放送されている。
また、ベテランアニメ作家たち(一色あづる・大井文雄・吉良敬三・島村達雄・西村緋祿司・ひこねのりお・福島治・古川タク・和田敏克)とアニメ制作集団『G9+1(ジーナイン・プラスワン)』を結成して、2005年に「TOKYOファンタジア」を発表。同作品は、「東京国際アニメフェア2010」の東京アニメアワード公募作品部門でグランプリを受賞。その後も、定期的に新作アニメを発表し続けている。
2つの国際アニメ選考委員(広島・上海)、毎日映画コンクール大藤賞・アニメーション賞の選定委員、文化庁メディア芸術祭アニメ審査委員を経て、現在日本アニメーション協会名誉会員。杉並アニメーションミュージアム館長。 (2012年6月 現在)